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曼殊院門跡
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曼殊院の歴史・概要

◇概要◇

曼殊院門跡は洛北屈指の名刹である。門跡というのは、皇室一門の方々が住職であったことを意味し、勅使門の両側の塀に残る五本の白い筋はその格式を今に伝えるものである。

勅使門
延暦年間(728〜806)、宗祖伝教大師最澄により、鎮護国家の道場として比叡の地に創建されたのが曼殊院のはじまりである。


その後、天暦年間(947〜957)是算国師のとき比叡山西塔北渓に移り、「東尾坊」と号した。また、この国師が菅原家の出生であったことから、北野天満宮が造営されると初代別当職に補され、以後明治維新まで北野別当職を歴任することになる。寺では是算国師を曼殊院初代としている。


天仁年間(1108〜10)、八代忠尋大僧正が寺号を「曼殊院」と改め、北山に別院を建立された。そして明暦二年(1656)に二十九代良尚親王が入寺され、現在の地に堂宇を造営したのが今日の曼殊院である

◇歴史◇

和暦(西暦) 事項
延暦年間(728〜)
天暦年間(947〜)
 
天仁年間(1108〜)
明応 四(1495)
正保 三(1646)
明暦 二(1656)
伝教大師最澄により、比叡山に一坊を創建。
是算国師の時、比叡山北渓に移り東尾坊と号し、
北野天満宮別当に補される。
忠尋大僧正、寺号を「曼殊院」に改め、北山に別院を建てる。
伏見貞常親王の息二品慈運大僧正が入室し、以後門跡となる。
良尚親王、天台座主となる。
曼殊院を一乗寺現在地に移す。


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